#1 サン・セバスチャンで教わったピンチョスは、ほのかに日本が香りました

これまで国内46都道府県・世界40か国を訪れ、食べて、語らって、その土地の暮らしに触れながら、旅をしてきた平山遥さんのコラム。気軽に出かけられないときでも、いつか行きたい憧れの場所へトリップしているかのような気持ちになれます。連載第1回は、「世界一の美食の街」とも呼ばれるサン・セバスチャンを味わう旅へ!

 

プロローグ〜「調理じかん」で、旅にコクが増します〜

旅先で「料理教室」に参加する。現地の人と、旅人たちと、食卓を囲む。

46都道府県・40カ国ほど訪れるなかで編みだした、旅のたしなみかたです。

世界遺産や絶景の観光、有名レストランでの食事。どれも旅心を刺激してくれた、よき思い出であることは間違いありません。ただ、旅を重ねていくにつれて、五感全開でローカルを味わえるスタイルを求めるようになりました。

結果たどり着いたのが、その国・その土地で愛される家庭料理を習う旅。調理を通して旅先の暮らしに没入できる5〜6時間が、数ヶ月のホームステイに劣らないくらい、旅を濃厚に仕上げてくれます。


2019年5月、クッキング旅に選んだのはスペイン北部にある「サン・セバスチャン」。人口一人当たりでも、土地面積あたりでも、ミシュランの星の数が世界一といわれ、料理分野で学位が取れる大学まで設立される、フーディーの聖地です。名物・バル巡りは欠かせませんが、美食の街で料理を習う旅のフルコースも、ぜひ堪能していただきたいです。



▲サン・セバスチャン旧市街。黄昏どきからバルが賑わう

おつまみの概念をくつがえす、おいしいピンチョスが至るバルで味わえる

 

バスクの自然と食への情熱が、おいしさのもと

ミシュラン星つきレストランMimo San Sebastianが主宰するクッキングクラスのうち、Farmer's Market to Table Cooking Classに参加しました。私は必ず、食材の買い出しに同行できる料理教室を選ぶことにしています。買い出し先となる市場は、地元の暮らしを映し出す鏡だから。

シェフがサン・セバスチャン旧市街の台所「ブレチャ市場(Mercado de la Bretxa)」を案内しながら、旬のもの、おすすめの調理法を教えてくれました。「畑のキャビア」と言われる涙豆や、強面なタラの顎下肉「ココチャ」といったバスク地方ならでは食材との出会いに、好奇心がくすぐられっぱなしです。


バスク名産「ココチャ」。食べ方は多彩で、白ワインとの相性がぴったり

屋外の市場では、バスクの旬を味わえる新鮮な野菜と果物がずらり

 

驚いたのは、魚屋さんの多さと、そのクオリティの高さです。素人でもひとめで新鮮だとわかるほど、鮮度のいい魚介を取り揃える市場は、正直言って海外では滅多にお目にかかれないんです。魚のさばきかたしかり、食材の取り扱いが丁寧で、ディスプレイも美しい。旬な海の幸・山の幸、食材への敬意で出来ているこの市場には、バスク料理をおいしくするエッセンスが詰まっていました。


鮮魚のディレスプレイがなんともユニーク。さすが芸術の国スペイン!

繊細に、丁寧に、魚をさばいてくれる姿勢に好感が持てる

 

美食倶楽部の仲間入り!?あそぶように料理をするのが、バスク流。

5つ星ホテル・マリア・クリスティーナの地下にあるキッチンスタジオに集まったのは、ニューヨーカー、L Aからの新婚カップル、ドイツからのファミリー、私と私の両親・弟の16人。お揃いのコックコートに着替えると、なんだか「美食倶楽部」(※)の一員になったような心地が味わえて、おのずとやる気が湧いてきます。

※「美食倶楽部」とは、バスクの男たちが自由に料理を楽しむために集まる、会員制の倶楽部のことです。サン・セバスチャンには100を超える美食倶楽部があって、美食の街の礎になっています。


▲シェフも実際に着用するフォーマルなコックコート

▲市場で買ったみずみずしい食材たち。何もしなくてもおいしそう

 

海外での料理教室と聞くと、ふだん料理をしない人や英語が苦手な人にとっては、ハードルが高いと感じるかもしれません。でもその心配はご無用。シェフがお手本を披露してくれますし、手厚くサポートしてくれます。

気負いしないクラスづくりの隠し味は、「Txoco(チョコ)」。チョコといっても、あのお菓子のチョコレートではありません。お酒を飲みながら、その日集った人同士一緒に料理をして、同じテーブルを囲い飲食を楽しむ、バスク地方の昔ながらの慣習のことです。

調理のスタートは、チャコリ(発泡白ワイン)での乾杯から。シェフ主導で作った絶品「イワシのオリーブオイル焼き」をおつまみに、ひとしきり夢見心地になってから、それぞれの持ち場につきます。初対面同士のぎこちなさも、おいしいシズルにかき消されて、会話が弾む陽気なひとときへ。料理を作る時間そのものを楽しまなきゃという美食倶楽部のイズムが、クラス全体を盛り上げてくれていました。


動画/ジューシーな音と笑い声に包まれるキッチンスタジオ


出来て数分でお皿が空っぽ!過去最高のイワシ料理にお酒がすすみます



10,294 km離れた小さな街が、日本の良さを教えてくれた。

この日のクラスで作ったバスク料理は、以下の4品。
・ホワイトアスパラガスと季節野菜のグリル
・ロブスターのボイル&ソテー
・数種類のキノコと涙豆を使ったスープ
・洋梨とオレンジのタルト

私はスープとロブスターの下ごしらえ、デザートタルト全般をまかされたのですがバスク料理をつくる過程で、思いがけない出来事や発見がありました。

ひとつは、シェフのひとこと。スープの具材を普段通りにみじん切りしている私に「そこまで細かく、均一に、みじん切りができる日本人に料理を教えるのは、実は結構プレッシャーだよ」と声をかけられました。単純に褒めて伸ばしてくれるシェフだったのかもしれません(笑)。ただ、星付きレストランのシェフが、風味や食感を大事にする日本の食習慣を評価してくれていることが無性に嬉しかったですし、日頃から日本の食文化をほんの少し継承できているんだと実感できました。



▲旨味たっぷりのスープを注いで、いただきます


もうひとつは、食材の活かしかた。バスク料理は多くの調味料を使うわけではなく、味つけはいたってシンプル。そのぶん素材の味を引き出すための手間暇を大切にしていると感じました。

また、剥いたロブスターの殻をプレスして揚げる調理は「余すことなく丸ごと味わう」というサン・セバスチャン人の粋そのもの。食材への向き合いかたから熱意を感じ取ったと同時に、日本の暮らしに息づく「いただきます」ってやっぱりいいものだなと考えさせられる瞬間でもありました。日本から遠く離れた小さな街が生み出す料理は、私にとって、日本の魅力を再発見させてくれるもの。


▲季節野菜の味のアクセントになる卵黄。食べる直前に表面を火入れする粋な仕上げ

塩茹でしたロブスターに、ぱりぱりに揚がった海老煎餅のような殻を添えます

 

おいしい笑顔は、しあわせにする共通言語。

作ったピンチョス・デザートは、一品できるごとに食卓を囲み、最高の状態でいただきました。手作り・できたてというだけでおいしく感じてしまうものですが、クッキング旅の〆であるクラスメイトとの食事は、心までまんぷくにさせてくれるので、やみつきになります。

下ごしらえ〜盛り付けまでの密な共同作業が、旅人同士の信頼感を育んでくれて、おいしさのあまりこぼれる笑顔が、食卓じゅうに笑顔の連鎖を起こしてくれます。

言葉が通じないとか、人見知りな性格だとかお構いなしに、一瞬にして国籍も年齢も超えてひとを繋いでしまう料理のちから、しあわせの浸透力は、はんぱない。


▲終始笑顔が咲きっぱなしの教室。一期一会ではなく、今でもお互いの近況を報告しあえる友情が生まれたのが、なによりの喜びです

 

エピローグ 〜作るたびに、いつでもどこでも記憶が蘇ります〜

日本に帰ってきても、私の旅は終わりません。もらったレシピを参考に、料理教室で習ったことを振り返りながら、料理を再現するまでがフルコース。しあわせな味を大切な友達におすそ分けできて、料理をつくる度に思い出を味わえるこのスタイル。当分やめられそうにありません(笑)。

 


平山 遥 Hirayama Haruka
カナダ・トロント生まれ、東京育ち。数年前から鎌倉暮らし。リクルートコミュニケーションズで、広告制作ディレクション・WEBマーケティング・サービスデザインの領域に従事。現在はコンサルタントとバイヤーという二足のわらじに奮闘中。週末の海辺散歩、月に1度の国内旅行、年に1回の海外旅行でリトリートするライフスタイルを満喫している。@travelife_haruka0530

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